エイリアン(未完)
広い広い宇宙の中に、小さい綺麗な星があった。
その星は緑が豊かで、そこに住む生き物は、争いも無く、平和で幸せな毎日をおくっていた。
メソポとクルリも、その一種であった。メソポは、森の外れの小さな家に住んでいる、誰にでも好かれる明るい男の子で、クルリは、湖の底に住んでいる、とても夢を持った女の子だ。
ふたりは、幼い頃からとても仲が良く、いつも一緒に行動していた。
ある日のこと、いつものように、ふたりは森に食料の木の実を採りに行った。メソポが、空を見上げながら言った。
「クルリ、今度の晩、星が降るのを知ってるかぃ?大きいのが、たったひとつだけ降るんだ!その星が降っている間に願い事をすると、必ず叶うんだって!どこかの星の言い伝えだよ。」
「へ〜!すご〜い!」
好奇心旺盛なクルリは、それを聞くと、早速瞳を輝かせた。
いくつ歳をとっても色あせない、その瞳の輝きが、メソポは好きだった。
「それにね・・」
メソポは更に言いかけたが、そこでふと言葉を止めてしまい、何かに心躍らすような目で微笑んだ。
クルリはその顔を見て、メソポがこれから何の話をしようとしたのかがすぐにわかった。というのも、メソポが今浮かべた笑みは、メソポが予てから憧れを抱いている、ある‘‘塔”のことを考えた時にしか見せない、特別な笑みだからである。
‘‘塔”とメソポは呼んでいるが、実際にはその物体の正体は誰にもわからない。幼い頃、メソポが近所のおじさんにその‘‘塔”について尋ねたら、おじさんは「あれはなぁ・・この星の角じゃ。」などと抜かした。
塔とも岩ともつかない、細長い石の柱。
表面がごてごてしていて、近くで見れば岩のようだが、遠くから見れば、地平線から天まで垂直に延びているので、自然の産物とは考え難い。あたかも、誰かが意図的に建築した‘‘塔”のようなのだ。
しかし、このような巨大な建築物を、一体誰が、いかにして、そして何の為に造ったのか。
何者も、この物体を調査することはできない。なぜなら、古から登ることを禁じられているからだ。
メソポは、納得のいかない掟に従うことを好まなかった。
僕はいつか、あの塔に登る。馬鹿げた仕来りなんか、打ち破ってやる!
彼は、そう決意していた。
「ちょっとメソポ、何で途中で台詞が止まるのよぉ?」
メソポの「完全に一人の世界」の中に、突然クルリの声がわり込んだ。
「いや・・あの・・だからね・・」
「またあの変な岩のこと考えてたでしょ?」
「うん・・そうそう!その岩の上に星が降るんだよ!」
「もう〜、メソポはそのことになると、すぐに意識が‘‘ぷらぷらりん♪”になる!」
いつものパターンなら、夢見がちなクルリにメソポがツッコミを入れることが多いのだが、あの岩のことがからんでくると、立場が逆転するのがおかしなところである。
「えへへ・・でも僕、諦めないよ。あの塔は、僕の目標なんだ!あのてっぺんに登れば、星が今までより綺麗に見えるかもしれないし、ここの景色から何まで・・・知ってるものでも、知らないものの連続になるんだ!」
メソポはくるっと振り返り、遠方に熱い眼差しを向けた。
その視線の先には、まるで世界を二等分するかのように地面から果てしなく延びる一本の線ーーーーーーーーーーー細長い‘‘塔”があった。
その時・・!
‘‘塔”の横で一瞬、チラリと何かが光った。
「メソポ・・あれ!もしかして・・」
クルリが空を指差した。まさか、もう星が降ってきたというのか。
メソポもその閃光を見逃さなかったが、首をかしげた。
「え〜?まだ昼間だよ・・?それにもうちょっとおおきいんじゃ・・」
ところが、その次の瞬間のことだ。
何と、メソポがそう言い終わるのとほぼ同時に、巨大な物体がメソポとクルリの頭上に現れ、落下してきたのである。
ふたりの顔は、恐怖にひきつった。。
「ぎゃー!!!!!」
ドスーン!
・・・・危機一髪だ。
メソポたちがさっきまで立っていた場所に、謎の物体は激しい音をたてて着地した。
「あぶなかった〜、もう少しで僕たちつぶされるところだったよ。」
ポリポリと頭をかいて起き上がったふたりは、次の瞬間、目をみはった。
落ちてきたのは、乗り物だった。
そして、その中から、得体も知れない生物が出てきたのである。
「う・・宇宙生物だー!!」
メソポたちは驚いた。絵になる驚きようだ。どこかの星の者に通じる表現をすれば、まるで、ムンクの絵画「叫び」のような顔だ。
「・・ってことは、この乗り物は宇宙船!?」
「わぁ♪何だかお話の中みたい!」
呑気なクルリは、事の重大さをわかっているのにもかかわらず、相変わらず瞳をキラキラさせていた。
得体の知れないその生物は、足元、空、木々、乗り物の残骸、そして最後にメソポとクルリの方へと順番に視線を動かし、
「すまない・・愛車の燃料が切れてしまってな。」
と、初めて言葉を発した。
へぇ〜、この星の言葉が話せるんだ。
メソポたちは、驚きを忘れ、感心した。が、直後、その生物の姿を見て、はっと息を飲んだ。
「大丈夫?!身体じゅう傷だらけじゃないか!」
ふたりは、その生物をクルリの家に連れて行った。クルリの家には、クルリのおじいさんがいる。おじいさんは、この星の中でも1,2を争う長寿で、何でも知っている。
「ほぉ・・」
他の星の生命体を目の前にしても、おじいさんは、重ねてきた経験の数が星で1,2を争うせいか、さして驚いた様子もない。
手当てをし、温かい飲み物を飲ませてやると、その生物の身体の傷は、だんだん癒えてきた。
「ありがとう。他の星に、こんなにも優しい者どもがいるとは知らなかった。」
「旅の者よ。お主一体、どこの星から来た?」
相手が‘‘外国人”であることを全く意識せず、おじいさんは尋ねた。
「私は、セレンと申す。ハッピー星から参った。尤も、その星は今はもう存在しないが。」
「え・・!?」
聞いている側の息が、一瞬つまった。目の前にいる異性生物が、どういう境遇の者か、ようやく察しがついたのである。
「生き残ったのは、私だけだ。平たく言えば、ハッピー星はエイリアンに侵略され、滅ぼされたのだ。」
「そんな・・エイリアンとかって、ホントにいるの?!」
クルリが、今までに見せたことの無い、恐怖に震え上がった顔をした。
「エイリアンとは、特別な存在ではない。他の星から来た者や、異質な者は、全てエイリアンと定義される。つまり、ここでは私もエイリアンだ。」
話し手は、今までクルリが想像していたような気の狂ったエイリアンではなく、そのようなエイリアンに傷つけられた、悲しきエイリアンであった。
「奴らが来てすぐに我が星が滅びた訳ではない。
だんだんボロボロにされていった・・!
奴らは元々、地球と言う星に住んでいたが、地球の木を切り倒し、有毒ガスを沢山出し、地球の自然を壊していった。その間に、地球に住んでいる他の沢山の生物が絶滅した・・!そしてついに、地球を住めない環境にまで追い詰めると、エイリアンは自分たちだけ火星という星に移り住み、他の生物を見殺しにした!」
血も涙も無い連中、とは正にそのような奴らに当てはまる言葉だろうか。
「ひどい・・!」
それ以上、もうクルリは言葉が出せなかった。
争いなど決してないこの星では、そんなことは考えられない。
「そのエイリアンは、火星も同じように滅ぼして、その次はハッピー星も・・同じように?」メソポが尋ねた。
「ああ・・。家族も、仲間も、皆死んだ。私だけは実験用生物として捕らえられたが、なんとか逃げ出して助かった。」
ズキン・・
メソポたちの胸に、衝撃が走った。本当にそんな生物がいるのか・・。
しかし、今、淡々と話しているセレンの心の痛みは想像しようがなく、また、できたところでセレンの過去を変えることはできない。
聞き手3人は俯き、セレンも俯き、しばらく沈黙が続いた。
「僕たちは・・」
数十秒後、メソポが切り出した。
「この先、そのエイリアンみたく大きな力を持つことがあっても、たとえ、何が欲しくても」
メソポはセレンをまっすぐに見つめ、セレンもメソポをまっすぐに見つめ返した。
「絶対に、そんなことはしない。」
沈んでいた空気が少し温まり、みんなの顔に微笑が戻った。
「ここにいれば、もう大丈夫。」