information

2017-02-26 02:19:00

山元町のイチゴのまっちゃんこと、渡邊正俊さんの記事です0224まっちゃん.png

被災直後から前向きに「次の一手」を考えて、次々挑んでいました。最初に会った時は「イチゴ作って40年」といってたのに、最近は「45年」になっていた。

もし自分が、高齢になって被災したら、「もうやめよう」と思ってしまいそうですが、長年培ってきた技術と人脈、常に前しか見ない姿勢があったから、ここまでできたんだと思います。

最初は代行バスを乗り継いで現地に行ってましたが、昨年常磐線も通りました。またイチゴを買いに行きたいと思います。


2017-02-26 02:17:00

初めて会った時、津波を被った田んぼから塩を抜く作業を必死で繰り返しておられました。海水が逆流して真っ赤に枯れたこともありました。

震災後、食味値が上がったと感じて測ってみたら96.2‼️
ひとめぼれです。

近くには、北上川河口のヨシ原が広がっていて、それが美味しさの源。私の名前の原風景はこんなところにあったのだと、教えられました。

同じ場所でやむなく撤退した人の分も頑張り続け、栽培面積は50haになります。

食味を上げたミネラルは、津波の置き土産?なのかもしれません。0224大内さん.png


2017-02-21 04:18:00

初めて庄内の0217山澤さん.png山澤さんに会ったのは、10数年前。食用鳩の取材でした。

当時はまだ、言ってることの半分も理解できていなかった気がします。話のスケールが壮大かつ繊細なのです。

伝承野菜の種をつなぐハウスができてから、なぜか何度も行くようになりました。行くたびにおもしろい。

小さな日本の各地に、在来種や伝統野菜が残ってきたのは、種だけでなく、混ざっても元の形を見極める人の「目」があったから。野菜と一緒にそれを持つ人も育てなければ残らない。

「ベランダでも、庭でもいいから、採り続けること。だけど本気でやるなら、200本以上植えないと」

本気の方、ヤマザワハウスを訪ねてみてください。


2017-02-21 04:14:00

福島のコメ農家8人が「汚れた土を元に戻せ!」と訴えている裁判。0217農地訴訟.png

原告の意見陳述を聞きながら思ったのは、

これは家や車を汚されたのとは違う。
親や子どもを汚された感覚で訴えているんだ。
本当の原告は「土」。そのおかげで我々消費者も生きてきたのだから、他人事ではないはず…。

法廷に用意された「記者席」はガラ空き。私が座ろうとすると「記者クラブに入ってない人はダメ」だと。「またか」と思いました。

原告の8人は農作業を続け、味が自慢だったコメを買い叩かれながらも審議に臨み、時には地域で孤立することもあるそうです。

それでもなかったことにはしたくない。泣き寝入りはイヤだ。
同じ気持ちの人は、まだたくさんいるのだと思います。

震災から6年、最初の判決が4月14日に出ます。
どんな判決が下るのか、見守っていてください。


2017-02-21 04:08:00

2月10日付「全国農業新聞」に、北上川河口で体験したヨシ刈りの模様を紹介しました。

ヨシは屋根材になるとカヤと名を転じるので、ヨシの野原=かやの。私の名前の原風景でもあります。

震災で地盤が低下して以前の3割まで減少していましたが、現在は6割まで復活。

都会の人も招き入れ、新しい交流も生まれています。0210ヨシ刈り.jpeg


1 2