港からの手紙

 2016年6月9日(木) 雨

 

「港ハイライトと麦ちゃん」

 

決して豪華客船ではない

小さな舟が3つ

様々な航海を経て

いま  それぞれの舟で日々暮らし

歩みを続けています

 

ふしぎなもので晴れた日には

たまらなくその舟で

ちょっと遠くまで行きたくなります

歩いていくには遠いけれど

この舟があれば

そんな楽しい気分になれるのです

舟は藤原マヒトにとっては鍵盤やベース

柿澤龍介には太鼓

ノラオンナにとっては声です

でも私はちょっと欲張りだから

ことばとメロディ

そしてウクレレも常備した舟

 

向こうからきらきらした舟がやってきます

ビール片手に手を振っているのはマヒトさん

ゆっくりゆっくり

ドンドコドンドコ

鳴らしながら向かってくる

仁王立ちの柿澤さん

私はちょっとだけ

いつもより明るい色の口紅をつけて

笑をこらえながらゆらゆらと

ふたりを待ちます

 

楽しかったこと  悲しかったこと

腹がたったこと

感動したこと  嬉しかったこと

好きなひとのこと

家族のこと

 

溢れる感情を私はその場でうたにします

ふたりも奏ではじめます

 

喜怒哀楽  命を知り尽くした海

その煌めきを眺める

生きているものたち

そこにうまれるおとぎ話

 

港ハイライト

 

旅の途中

 

わたしたちは

ひとつの美しい青い舟に

出逢いました

 

飄々と風に吹かれ

口笛を吹いていました

ギターやトランペットも?

私と同じ

ちょっと欲張りなそのひとが

朝焼けの中ハミングすると

早起きのかもめが

いっせいにうたいはじめました

 

るるるる

るるるる

るるるるるる

君の名前は?

 

ぼくの名前は

古川麦です

 

おはよう!

 

 

 

 

 

2016年5月17日(火) 雨

 

「母のはなうた」

 

父を見送った次の日の朝

玄関で正座をした母が

吐息みたいなはなうたをうたっていた。

なんのうただかわからないけれど、

それはうただった。

 

 

父は天丼が好きだった。

天丼とは海老の天ぷらのみがのっていてこそ天丼なのだ。

これが父のいう天丼である。

それは海老天丼でしょ?

なんて言おうものなら、

天丼は海老じゃないと天丼とは言わないと不機嫌になる。

 

むかしむかし、

父が癌を患い私は函館に帰った。

クリスマスイブの病院のベッドであぐらをかき点滴をぶらさげながら、

退院したら天丼食いに行くど

と親戚一同に囲まれながら私に言った。

私は、天丼かい!と笑った。

病室の窓は大きくて、雪に反射した柔らかい光がこれでもかこれでもかというくらい私の背中をさするようだった。

 

私のおもいでの中の父は30代だ。病室でみた痩せた父は若がえっていてその頃の父のようだった。人生このままやり直しちゃうんじゃないのかこのひとは?と私は思った。

 

帰り道、私の前を歩く母が、

春までもたないんだって

と言った。

静かな細い雪道を踏みしめる音

夜の外灯と

母が持つクリスマスケーキ。

白と青と赤しかなかった。

目の前は真っ暗だった。

 

まだわかんないでしょ?

奇跡がおきるかもしれないよ、

私は死なないと思うよ、

天丼食べたいっていうくらいだから大丈夫だよ。

 

春までだってさ。

喪服あんた持ってるの?

ちゃんと用意しときなさい。

 

まだ死んでないよ。

わたしは用意しないよ。

 

 

 

春吉さん

 

まったくなんだったんだ。

 

おめでたい名前そのまんまじゃないか

 

 

あれから何年も何年も

生きた父。

脳梗塞も患って2回死にかけ

結局心臓でぽっくり死んでしまったんだから。

 

退院してしっかり天丼も食べただろうし、死ぬ直前は母とジンギスカンをやって自転車で海沿い走って温泉行って、妹とデザート取り合いして食べて冷蔵庫に半分残したまま、

黒猫チョロと遊んで、

夏の夕暮れ2人が出かけた後、

ひとりぼっちで死んだ。

チョロが倒れた父を知らせるために近所の人に向かって狂ったようにないた。

 

私はそれを知らない。

函館にもいない。

ただ

横たわる父の髪からは

メリットシャンプーの匂いがした

 

このように私はから騒ぎをおとぎばなしにして、唄うしかない。

 

ひとは喪失感を持て余すときうたをもらしてしまうのかもしれない。

 

うたにもならない吐息

 

はなうた

 

その吐息というはなうたを

ちゃんとしあわせなうたにして

またはなうたにしてもらえたら

うれしいなあ

 

私はいまそんなうたを作り続けて

うたっている。

 

ご機嫌なとき口笛を吹くみたいにはなうたを唄う母の背中を子供の私はみていた。ソファには父がいた。

なんか食べてた。

いつも、いつも。

 

その時を思い出してあの朝、

はなうたを漏らしていたのかもしれない。父がそばにいたのかもしれない。

 

ソファに寝ていた私はずっと寝たふりをして堪えていた。母とおなじものを堪えていた。一瞬だけ鼻をすする音がして、母はすっと立ち上がった。ごはんの支度をいつものように始めた。

 

6時。

 

母のはなうたは、わたしのからだにしみこんでいる

 

フランシーヌの場合は〜

あまりにもおばかさ〜ん

 

今日もコロッケ〜

明日もコロッケ〜

これじゃ年から年中〜

コロッケコロッケ〜

 

ちょっとまってくださ〜い

 

若い娘はうっふ〜ん

 

発車〜オオライ〜 明るく〜明るく〜

 

かもーめ〜〜の

なくね〜〜〜

 

 

 

今朝目が覚めたら

雨が降っていた

時計はぴったりと6時。

父が亡くなった夏から5年

もうすぐその夏がくる。

 

そしてその家もなくなる。

はなうたを

玄関で正座をして

すっと立ち上がり

この家と

さよなら

さよなら

さよなら

さよなら

 

別れのことばは

美しいだろ?

 

別れのことばは

美しいわね