マスターのひとりごと ⑦ (Ironman Swizerland Ⅲ)

 

あと1周回残していた私が、ゴール前を素通りしていくと、ゴールに向かって走っていく女性の選手が感極まったのでしょう、急に手で顔を覆って泣き出した時は、これからまだあと1周回あるというのに私まで感極まって危うく感涙するところでした。(おいおい、何でここで感激するんだよ、自分のゴールでもそんなに感激しない男が)と自分に問いかけたほどでした。

 

ゴール付近で応援する人たちも大変です。その選手がゴールなのか、まだ周回を残しているのか認識する術は腕輪だけです。最後だー、頑張れー!と叫んでみたら、まだあと2周回残している選手だったなんてことがありますから、苦笑いするしかありません。

 

私は三つ目の腕輪を受け取ったあたりから、徐々に歩き始める羽目になってしまいました。そうなるとペースは7’30”ほどに落ちていたはずです。その頃、7:00頃からは、通りで応援する人達の数もめっきり減ってきて、急に寂しい雰囲気が漂います。湖岸で泳いだり踊ったりしていた人達も家路につき始めたようです。時々我々選手を痛めつけていた夏の日差しもさすがに弱々しいものになってきました。途中で行き違う選手の数も徐々に減っています。

 

当初考えていたRUN 3時間台の狙いはスタート直後にあっさり崩れ去りましたが、今となっては4時間台も危うい状況です。

 

「残りあと5kmだ、頑張ろう」。歩いている私に声をかけてくれる選手がいます。一昨日から取り始めたサプリメントの効果でしょうか、体の部位が攣るといったことが一度もなかったのは救いです。酷いときは下半身といわず、腕までもが攣ったりするものです。

 

4本目の腕輪を受け取ると俄然元気が出てきます。真っ赤な腕輪は憧れの腕輪です。それを受け取れば残りは1kmです。

 

ゴールする一人ひとりに「YOU ARE AN IRONMAN ! 」と叫び続けている、アナウンスの声が遠くに聞こえています。もうしばらくすると私もあの180度ターンを回る栄冠が味わえるのです。

 

ゴールが近くなるに従って、応援する人が増えていきます。1位の選手がゴールして既に4時間は過ぎているのに、幅3mほどあるRUNコースの両脇にはまだ二重三重の人垣があり、見知らぬ選手一人ひとりを応援しています。180度ターンをし、ゴールまであと100mのレッドカーペットに入ると、ここはゴールするあなただけに与えられたステージですといわんばかりの直線で、見られているのが恥ずかしいほどです。誰とはなく次々と差し出されるハイファイブに手を合わせると、「HIROSHI  ITO  From  Japan ! 」と大声でアナウンスされて、「You are an IRONMAN ! 」とお決まりのセリフで無事ゴールイン。 1250’  21”の長い一日が終わりました。やれやれ。

 

 

 

RUN   500’ 50”   あれー、5時間をオーバーしちゃいました!

 

    50-54歳  65/155人   全体874/1583人 

 

 

 

その足でそのままシャワーに向かいます。その先には大型のトラックが一台止まっています。大型トラックの後ろのパネル部分が全てシャワールームになっている優れものです。完走者に渡されたバスタオルがやけに小さかったので、持ち物の大きい(長い?)人は先端がはみ出したりしていますが、まあ、そこは完走者と係員しか入れない場所ですのでお構いなし。シャワーを終えたある女性選手は上半身裸のまま、芝の上に寝転がって完走の余韻に浸っていますが、男性選手、そこでスケベ根性を出してはスポーツマンとしてエチケット違反。見たい気持ちをぐっと押し殺し、いかにも見飽きたような態度で平然としていなければなりません。  

 

シャワートラックに入ると20口ほどあるシャワーの下で白い人、黒い人、黄色い人が無心になって汗だらけの体を洗い流しています。

 

完走者Tシャツに着替え、ビールを貰いに行きます。完走者はジャグジーに入ったり、芝に寝そべったり、リクライニングチェアーに寄り掛かったりしながら、ビールを飲んでいます。私も長椅子に座って念願のビールを口にします。ところがそのビールが不味い!失敗したクラフトビールの典型のような味だ。参ったなあ、と思っていると向かいに座っている30歳ぐらいの男が話しかけてきました。

 

「あなたは何度目のIRONMANですか?」

 

「ロングのトライアスロンは10回目です」

 

と答えると、そのIrelandから来たという男は目を白黒させて驚いていました。

 

「私は去年、地元の大会でハーフを完走できたので、これでIRONMANに挑戦できると思って、このZurichに申し込んだのですが、キツカッタですよ。BIKEが終わった時点で、自分がBIKEを頑張りすぎたことを知って愕然としました。RUNを走る足などどこにも残っていませんでした。それでも何とか完走はしましたがね」

 

「まあ、みんなそんなもんですよ、何回やってもね。私は二度リタイヤを経験して、この完走Tシャツのありがたみがわかりましたよ。この薄っぺらなただのTシャツですが明日の朝、これを着て街に出た時の晴れがましさといったらありません。私がリタイヤした大会では、完走者が皆、完走Tシャツを着て街を闊歩しているのに、私にはそれがなかったのです。たかが一枚の薄っぺらなTシャツなんですがねえ。ですからこれを手に入れれば皆、ウィナーってわけですよ」

 

CanadaIRONMANでリタイヤした時の私の偽らざる気持ちである。

 

またどこかの大会でお会いしましょうと声を掛け合い、握手して別れました。

 

不味いビールは二杯目を飲む気にならず、食事に向かう。

 

タイカレーを頼んだがこれまた不味いゾ!困ったもんだ。

 

それから1時間ほど、ゴールに入ってくる選手達の姿を応援しながら見守った。腕輪を確認するとこれからまだ3周回しなければならない選手もいる。時間的に完走は厳しいだろうが、必死に声をかける。引き攣った苦しい笑顔で答えてくれる。

 

日が暮れる前には帰りたかったので、BIKEやトランジッションバッグのピックアップに向かう。この大会、完走後、それが即可能なので助かる。が、BIKEを跨いでビックリ仰天。尻の痛さが尋常ではない。

 

「尻が痛てー」を連呼していたら、どこかで女性が大笑いする声が聞こえていた。

 

必死の思いで5km完走。最もキツカッタのがこの4種目だったように思う。

 

ホテルに帰り、文字通り、泥のように眠る。

 

 

 

翌朝、完走Tシャツを着て、ZURICHの街を闊歩する。この一瞬で今までのトレーニングの苦労が報われ、ブレークイーブンとなる。実に晴れがましい。

 

さ~て、来年はどこの大会に出ようか。

 

 

 

成績 1250’  21”     50-54歳  65/155人   全体874/1583人